自分は自由な人間
 もう20年以上も前になってしまった1991年8月、当時夏でも登れる岩場として脚光を浴びていたブリアンソン、その数あるエリアの一つパナセルでトポを片手にルートを物色する管理人1号と2号(この時はまだD-manはいなかった)。
 すると道脇にあるこのエリアの駐車スペースにルノーの大型ワンボックス・キャンピングカ―1台が颯爽と登場。バカンス・シーズンだから誰が来ても不思議はないのだが、いったい誰だろうと目をやると、車から降りてきた男は長髪+金髪。ついでにパートナーの女性も金髪。「どこかで見たことがあるなあ」と思っていると、なんとあのパトリック・エドランジェ。もちろん見たことがあったのはクライミング雑誌の中と、当時イタリア・バルドネッキアで行われていた今は懐かしい天然外岩でのコンペで登る遠目に見た彼。当時クライミング界のスターであった彼がひょっこりと現れたのである。
 遠く日出国の片田舎に居を構えるクライマーにとって、まさに Prince Charmant (おとぎ話の王子さま; 王子さまのような美男子)的な存在だったと言えなくもない。もちろん憧れのスターにきゃあきゃあ声を上げるミーハー的な反応はせず、その姿を横目に見ながら「これならグレードも低いし俺たちにも登れるかな~」とあるルートを見上げていると、こちらに近づいてくる王子様”ル・ブロン(金髪)”。一瞬こちらは構えてしまったが、彼の口から出たのは『そのルートはボルトの*本目と*本目が異常に遠くてダンジュール(危ない)だから登んないほうがいいよ』との言葉。お高く留まって冷たくて、ちょっと近づきがたい印象を与えそうな彼の口から出たその言葉、下手な奴に教えてやるかなどと言うような高慢さ、押しつけがましさなど微塵もない、その彼の話し方の”平易さ、自然さ”に余計に感心してしまったことを覚えている。
 そして時は経ち、今度は6年後の1997年12月のシマイ。取りつきで砂遊びに夢中になるD-manを足元に8aのアナン・コンバッ・ドゥトゥでヒイヒイ言ってると、またまたひょっこりと登場したのが彼。人気ルートだった同ルートを以前と同じパートナーともう1人の友達のためにトップロープをかけに登る彼の姿を食い入るように見ていたことを覚えている。たぶん凝視していたゆえにそれが残像となって網膜に焼き付き、てっきり連続写真を撮ったと思い込んできたようだ。今回その時のツアーのアルバムを捲って見たが、”撮った”と思っていた彼の写真はその中には1枚もなかった。
 こんなふうに自分史の中で実質たった2度だけ見かけただけの人物で、また自分にとっては、アルノー・プチッが『フランス人クライマーの80パーセントは”彼”を見てクライミングを始めたはずだ』と言っているような存在でもなかった人物が死んで既に一週間が過ぎた。その彼の死がなぜか心に引っ掛かる。
 実はここ数年アルコール依存症に悩んでいた嘗ての登るブロンドの貴公子は、アルピニストでもあるジャーナリスト、ジャン・ミッシェルには『唯一不可能なことがあるとしたら、それはアルコール依存の道を断ち切る戦いかもしれないけど、絶対に抜け出して見せるから』と話していたようだ。
 でもそれはそれとして、もっと心に引っ掛かるのは、伝記本の発表を数ヵ月後に控えた突然の死ゆえなのだろう。25年来の友人でもあり、共に自分史を再構築しその書下ろしを委ねていた前述のジャン・ミッシェルによれば、その伝記は『最後にもう一度だけパトリックが目を通してゴーサインを出したら完成』の状態であったようだ。なのに…。それは、言葉で綴られた自分史にゴーサインを出さずに、その文末に自身の手でピリオドを打つことなしに、自分の存在そのものに自分でピリオドを打ったように思えてしまうのだ。
 またジャン・ミッシェルによれば、ある日パトリックは2人でも持ち運びに苦労するほど重いトランクを前に『この中にはいろんな書類、僕を扱った新聞記事の切抜きとか雑誌、ファンからの手紙、スポンサーとの契約書、おまけに判決理由書まで入っているよ。まっ僕の人生が詰まってるようなもんだよ。ちょっと整理するのも大変だろうけど、君に渡すからまあ見てよ。実は娘が大きくなった時に開けてみるようにと、残しておいてあったものなんだけどね』とも、伝記を準備する彼に言ったそうだ。
 もちろん彼の個人史は主人公のサインなしに年明けに日の目を見るようだが。ひょっとしたら彼は書き言葉として残る自分史にピリオドは打たずに、後に残る人々の脳裏に登り続ける自分の姿を残像として残す道を選んだのかもしれない。
 もちろん"La meilleure façon de lui rendre hommage, c’est d’aller grimper."
『登りに行く(登り続ける)、それが彼に捧げる最高の献辞』だな。
管理人2号

 下のビデオは”登る”という行為を、”登山”のためのひとつの手段ではなく、ひとつの独立した活動として初めてメディアに紹介したとされる伝説の映画。人工的な登攀手段の対極にある言葉として生まれた、よく使われる用語”フリー・クライミング”でもない。やはり純粋に”登る”だけの行為でしかなく、それで充分。突然の死の前に地方紙 Le Dauphiné Libéré に語ったとされる『自分は自由な人間』の登るだけに集中する姿をそこに見る。

 ついでに、ほぼ30年後の2009年イタリアのトレント山岳映画祭で講演者として語るパトリックも。
by manabuyuko | 2012-11-25 09:19 | クライミング
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