8月10日に日本に帰ってきました。
私は帰りの飛行機では11時間、横すわり(小学校では”女すわり”というらしい)をしていたものだから、背中や腰、あちこちがコリコリになりました。
思えば今回のツアー、出だしからチョットつまずき加減だったかなぁ・・
成田からパリ・シャルル・ド・ゴール空港に早朝到着、そして今回はパリ・オルリー空港からクレルモン・フェランという地方都市に飛ぶ予定でした。・・で、シャルル・ド・ゴール空港からオルリー空港に行くバスを待っていたところ、係のおっちゃん3人が来て、”今日はストしてるからバス、きいひんでー。”駒ヶ根3人組、”ドッヒャー”。あわててエール・フランスのカウンターに行き、シャルル・ド・ゴール空港から出発する便に変更してもらいました。
そしてツアー中ほどの怪我。
もちろん最後まで”ドッヒャー”は続きます。最後の2日はシャモニーに行ったのですが、以前、あまりの長蛇の列にめげてしまい乗れなかった、エギーユ・ド・ミディ行きのロープウエィに乗っててっぺんまで行くぞー・・と意気込んで予約券を買いに行ったのですが、なんとロープウエィは不具合があって運休中でした。
・・とまあ、ハプニング続きのツアーでしたが、D-manも成果が出せたし、よぼよぼもD-manのヌンチャクかけで、11後半から12前半をこんなにたくさん登ったツアーは初めてだったし、ぼよぼよもフランソワ・ルグランに何回も会えたし、まあ成功といたしましょう。
そうそう、古いクライマーならご存知の、マルク・ル・メネストレルにも会いました。彼はなんと、今はスペインに住んでいて、バルセロナ大学で”国際経済学”を英語で教える教授様だそうです。小さな女の子2人のとーちゃんでもあります。昔、日本に来て、奥多摩で”パチンコ・ゲーム”というルート(現在、登攀禁止)を作ったことも覚えてました。10年前には、スミスロックのJust Do Itの第2登もやらかしてる彼ですが、今は髪の毛が後退したおっちゃんでした・・・やっぱりルグランのほうがええなぁ・・・。
ぼよぼよ